イキケの観光情報

チリ、第一州タラパカ州の州都。人口約22万人で、この町の歴史は比較的浅く、スペインの植民者がこの地に入ってくる以前は、少数の先住民が海岸線沿いに生活している程度でした。1730年にイキケにあるワンタハジャ銀山が開発された後、人口は3000人に達し、鉱山の発展とともに少しずつ町も発展していきました。さらに1830年に硝石の積み出しが開始されると、空前の硝石ブームに乗って町は一気に発展、人口は1万人を数え、北部州都に制定されます。

1879年には、チリとペルー・ボリビア連合軍との間に太平洋戦争が勃発。イキケ沖で海戦が行なわれ、この町の名を南米中に知らしめることとなります。この海戦でチリ海軍の英雄アルトゥーロ・プラット艦長は敵軍の船上で戦死、チリ旗艦エスメラルダ号も、ペルー旗艦ワスカールに沈没させられます。しかし、その後度重なる海戦で勝利を収めたチリはイキケを自国領とします。現在、チリ勝利のきっかけとなったこの戦いで亡くなったプラット艦長を称え、5月21日は海軍記念日として祝日となっています。

太平洋戦争に勝利した後、1920年まで続いた硝石ブームにより巨大な富を蓄えたイキケの町でしたが、ドイツによる人工硝石の開発成功を受け、一気にその影を落とします。当時の面影を残すのは、硝石工場だけとなり、硝石地帯はゴーストタウンとなりました。現在は、ハンバーストンとサンタ・ラウラ硝石事務所がユネスコの世界遺産に登録されています。 現在では、基幹産業を鉱業から漁業などにシフトしつつ、1975年には免税地帯(通称ソフリ:ZOna FRanca de Iquique)を建設し次第に活気を取り戻しています。

観光スポット

イキケ市内

プラット広場付近
イキケ港
イキケのビーチ
イキケ中央駅
スペインセンター

イキケ近郊

ハンバーストーンとサンタ・ラウラ硝石工場群(世界遺産)
チリ北部、イキケ市から約45km内陸に入った場所にある、硝石工場群があったハンバーストンとサンタ・ラウラと呼ばれる場所です。これらの工場は19世紀後半から20世紀半ばごろまで、硝石を採掘し運営されていました。
その後急速に衰え、ゴーストタウンとなっていた2つの町は1970年に国定史跡となって観光客に公開され、2005年には世界遺産に登録されました。
ピンタードスの地上絵(Los geoglifos de Pintados)
イキケから95km程離れたピンタードスの丘に、幾何学的な図形や簡略化された生物、有名な“アタカマの巨人”などが約3kmにわたって描かれています。
壁画に使用されている模様から、この地域では西暦500年から1450年の間にアンデス地域全体で栄えていた、ティワナク文明との文化交流が盛んに行われていたことが分かっています。
ピカ(San Andrés de Pica)
サン・アンドレス・デ・ピカはタラパカ州にある町で、チリで唯一、南米に2つしかない砂漠のオアシスの1つです。コチャと呼ばれる、洞窟から湧き出る天然の温泉があります。
オレンジやパッションフルーツ、マンゴーなどの生産も盛んで、特にこの地域でしか栽培されていない、リモン・デ・ピカと呼ばれる柑橘類の生産地としても有名です。
ラ・ティラナ(La Tirana)
イキケから72km程離れたパンパ・デル・タマルガルの中心部にある人口800人の小さな町ですが、年に1度の祭典の時期だけその姿が豹変します。
毎年7月16日の”ティラナの聖母カルメンの日”を中心に、10日間にわたって行われるフェスティバルには40万人以上の参拝者が訪れると言われています。

交通情報

アクセス情報

飛行機での移動

サンティアゴ~イキケ
  • 便数1日3-4便
  • 所要時間2時間20分

バスでの移動

サンティアゴ~イキケ
  • 便数1日6-8便
  • 所要時間約25時間
カラマ~イキケ
  • 便数1日5-6便
  • 所要時間約6時間

便利情報

イキケの気候

最高平均気温 最低平均気温 月間平均降雨量
1月 24℃ 16℃ 0mm
7月 17℃ 12℃ 0.9mm

週間天気予報

Powered by Dark Sky